中国音楽 音像資料 音楽教室 江南春琴行  

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ホームかずよさんの中国今昔玉手箱 61-70
中国今昔玉手箱-江南春琴行

かずよさんの『中国今昔玉手箱』

【第六十一回-第七十回】



第七十回 白菜

 

 冬は鍋料理が恋しい季節ですね。

 日本の鍋料理や煮込み料理でもよく使われる白菜は、中国が原産です。

 中国でも白菜は冬場に欠かせない野菜で、特に東北地方では野菜の年間消費量の25パーセント、冬から春にかけては80パーセントにも上る消費量だそうですから、白菜は中国における葉野菜の王様、とでも云うべきでしょうか。

 香りや色合いで個性が強い中国野菜の中では、珍しく色彩も味も淡く、てビタミンやカリウムに富む白菜は、漬物、炒め物、スープの具として大活躍の食材です。

 白菜、という野菜から中国の冬の生活風景を連想出来る方は、ある程度の年代に達している人でしょうね。

 1970年代から中国では、職場が勤務者に対して低料金で白菜を配給する福祉制度が広く推進、実施されていました。
 保存の効く白菜は、野菜が不足する冬の中国を支える重要な食糧だったのです。

 私も1980年代末から1990年代初めに滞在した北京で、白菜にまつわる冬の風物詩を、実際に目にしてきました。

 当時は冬が近付くと、街のあちこちで独特の風景が見られたものでした。
 大量に積み込んだ白菜を載せたトラックが、郊外から隊を成してどんどん街に入って来るのです。配給するのですから、規模も凄い。
 そして市民は、配給場所に列を成して白菜の購入にいそしむ。

 大学や会社の構内に併設されている食堂裏では、冬中かかって使用する白菜の山に、ムシロがかけられていました。
 市民の住むマンションの廊下やベランダなどでも、新聞紙に包んだ白菜が積まれているのを見ることが出来ました。

 現在では温室栽培等の技術も上がり、少なくとも都会ではお金さえあればいつでも好きな野菜が手に入るようになりました。
 白菜ばかり食べて冬をやり過ごす食習慣は、もはや過去のものになってしまいました。今の中国の若い人には想像しづらいかも知れません。

 日本にも嘗ては食糧不足に喘いだ時代がありました。
 否、日本の場合は、現在でも本当に豊かな食生活なのか、自給する力が無いだけ、より以上に考え感謝する気持ちが必要なのではないか知らん・・・。

 豊富に食糧があるという幸せをどう感じるか、無い中にも工夫して幸せを感じられるか、そういうことが大事ではないかと思います。

・・・以下続く。 (2011.2.3)










第六十九回 サンザシ 2

 

 短期留学でやって来た、二度目の北京でのことでした。

 「あれ、何だろ。」
 赤いアメ玉みたいなモノを串刺しにした食べ物が、台に沢山刺してありました。

 それは糖葫芦(タンフール・サンザシの飴がけ)でした。
 特に寒い時期に中国を訪れると大概の方は目にするであろう、糖葫芦。
 長い串に赤いサンザシを幾つも刺して飴がけにしたものです。ビタミンもあって喉に良い、ということで子供だけでなく、大人も食べます。

 一緒にいた留学仲間と「食べてみようか」ということになりました。
 するとその場にいた、学校からのお世話係として付いて来ていた中国人から「あれは不衛生だから、なるべくなら食べないほうがイイ」とストップがかかったのです。

 えー!?だって、その辺の人たちは皆食べてるじゃーん、と反発しようと思ったものの、自身の語学力の無さと、彼女は私たち留学生の世話を受け持っていたので、もし万が一の責任問題になったら悪いしねぇ、と昔から諦めの良い私なのでした。

 一応お世話係だった彼女のメンツを立てて(?)その場でのサンザシ・デビューは見送りました。しかしその後、幾度も食する機会がありました。

 甘酸っぱいサンザシと飴のハーモニーが、身体にイイ感じです。

 糖葫芦の他にも、山芋の飴がけ、というのもあります。
 皮付き(!)のままぶっきらぼうに串に刺しているのが、ちょっとグロテスク。赤いサンザシと白&茶色の山芋の「ダブル刺し」もあります。

 初めてサンザシを見た日から、はや幾年・・・。

 先年、北京で少し進化した飴がけ屋台を見かけました。
 飴がけの対象が、サンザシ、山芋の他にバナナやパイナップルなど、見た目もカラフルなものが仲間入りしていたのです。
 売り子のオジサンが、目の前で飴を溶かして具材にからめるパフォーマンスも見せてくれます。

 ひょっとして、日本のお祭りの屋台で食べられる定番・あんず飴は誰かが中国の糖胡ルからヒントを得たのでは無いかしら?

 今や日本で独自に発達したラーメンやギョウザも、その起源には戦後中国からの帰国者が作り始めて・・・、というのがあるのですから、案外そう外れた説ではないかも知れません。

・・・以下続く。 (2010.12.28)

















第六十八回 サンザシ 1

 

 現在の親御さんの教育方針がどんなものかは判りませんが、今時子供の買い食いについて、例えば日本の小学校などで議論されることはあるのでしょうか。

 私が子供の頃、周囲では駄菓子屋さんでの買い食いが一時問題になっていたことがあります。
 要するに不衛生だということで、大きな壷に入っている酢漬けイカだとか、紙箱に指を突っ込んで取るあんこ玉など、包装していない状態で売られていたものを指して言っていたのだと思います。

 少なくとも我が家では、量や食品の状態について判断力の乏しい子供が、食べ物を好きに買って外で立ったまま、又は歩きながら食す行為そのものが行儀の悪いこととして、あまり良い顔をしていなかったと記憶しています。

 加えて、子供のお金の遣い方に対する親の考え方もあったのだろう、と今では理解が出来ますが、子供当時としては、やはり他の友達と同じような駄菓子屋に入り浸る付き合いに魅力を感じていたのでしょう。

 中国では、食事を食堂や屋台でとることが普通だったり、親が共働きで忙しかったり、という事情も手伝ってか、子供の買い食いに関して、そうデリケートではないように見受けられます。
 下校途中に道端で飲み物やアイスクリーム、他愛ない小さなオモチャを買っているのを、よく目にしたものです。

 では、中国では外でむき出しで売られている食べ物に関して、衛生に注意を払わないのかと云うと、どうでしょうか。
・・・以下続く。 (2010.10.29)









第六十七回 有機野菜 2



 当に、新しいモノに飛びつくのは日本だけでなくいずこも同じなようです。
 「楽活」(ロハスの音訳。なかなか良い漢字を充てていると思いませんか?)を謳ったり、水、砂糖、その他添加物を加えないのが売りになったフレッシュジュース店が人気を博したり。

 益々健康志向に拍車がかかりそうな中国です。

 中国の有機野菜が異常な高値、という話題ですが、日本の有機野菜もそんなにお高いのか知らん?

 ソモソモ、有機野菜て何?ということで、農業に従事している知人(日本人)にお尋ねしてみました。
 日本における有機野菜の規則的定義は、以下の通り。

 JAS法で定義されているのは化学肥料・農薬を使わないことを基本とし、三年以上植え付けした農地で生産された農産物。

 つまり、大きな意味で、有機野菜とは有機質肥料の堆肥(米ぬか、油粕など)を使い、農薬を使用していない作物を指すそうです。
 但し、果樹には又別の定義があって、なかなか複雑なようです。

 果たして、中国ではこのような規定の下で、1玉100元もするカリフラワーの販売が許されているのか・・・。

 オリンピック前には、「オリンピック野菜」と銘打った野菜(選手向けの専用の野菜か?)の栽培を取材した記事を読んだことがありますが、あれも有機野菜だったのか。

 しかし、日本の農業界でも、有機野菜についてはJASに登録するのにお金と手間がかかるため、未登録の有機野菜も存在する、とのこと。

 やはり最終的には食の安全性は、すなわち信用性、なのだと思いました。


・・・以下続く。 (2010.7.28)











第六十六回 有機野菜 1

 

 良いにつけ悪きにつけ、日本人は忘れ易い性格なのか、以前の冷凍餃子騒動について、今や殆ど話している人の声を聞きません。
 当時のキオスクなどで販売していた新聞には「殺人餃子」の文字が躍るほど、騒ぎに騒いでいたのに・・・。

 事の善悪よりも、個人的には何だか日本のマスコミはヤタラと極端で騒ぎ過ぎだなぁ、という違和感を覚えた一件でした。

 こういう問題が起きてから、日中双方でそれ迄問題にされなかった点、今後気を付けなければいけない事が採り上げられ議論されたた結果、お互いがより良い方向へ向かうことが出来たなら、それに越した事はありません。

 健康問題は、今後もっともっと重要な問題になる筈ですしね。

 さて、健康志向著しい中国ですが、北京などでは有機食品を扱う店が大分増えた、ということを聞きました。

 以前は日本人向けの規模も小さいスーパーにしか置いていなかった有機野菜が、今では中国人を対象に、新規開店が続いている、と。

 有機野菜とそうで無い野菜を区別する為に、「有機」と記載されたラベルを貼っているスーパーもあるそうです。
 過日、北京に駐在している知人が教えてくれて驚いたのですが、くだんのラベルが付されたカリフラワー1玉が何と100元
(!普通は高めでも15~25元くらい)の値を付けていた、とのこと。
 買う人、いるのでしょうか・・・。


第六十五回 宴会料理5
 


   
 私が受けて一番困る質問。それは、「今まで体験した中で一番良かった○○は?」という類のもの。

 ○○には「国」あるいは「(中国の)地域」、そして「料理」という言葉がよく入ります。

 聞かれてすぐ挙げられない、又は答えづらいのは、ぼけーっとしていて普段から何も考えていないのがバレてしまう証拠なのと、やはり沢山ありすぎて決め付けられないのと、両方です。

 中国でご馳走になった数々の料理に関して、1番を決めるのは上記の理由でなかなかコレ、とは言えませんが、記憶に残る料理というのは、幾つかあります。

 その一つとして忘れられないのは、魚を姿揚げにして、あんかけにした料理。

 あぁ、糖醋魚(タンツーユィ)ね、と単に思うなかれ。何とこの魚、シッカリ油で揚げてあるのに、頭と尾が動いているのです!ひえー!!

 日本でも、刺身の活け造りで身は切れているのに頭と尾がぴくぴくしているのを見たことはありますが、中国で見たのは火が通っている魚!ビックリ!です。
 やっぱり中国四千年の歴史って、凄い!と思った一品でした。

 これは、北京時代に特別なツテというか、イベントで開かれたグルメの会でのこと。
 確か国賓クラスの方に腕をふるう料理人だった方が、それこそ国賓級の宴会メニューを特別に作って下さる、という趣向の席でのことだったと思います。

 それでこの特別料理だった訳ですが、料理の名前をメモしてきちんと保管しておかなかったのが口惜しい。

 しかし近年、日本の某民放クイズ番組で、この料理がホンの少しだけ紹介されたことがあったのでした。

 料理は、山西省の名物料理として紹介されていました。後で料理の名前をメモしようと録画しておいたのに、後日不慮の事故で録画が消去されてしまったのです。

 先延ばしにしていた自分のだらしなさを呪いつつ、又しても口惜しや。

 どなたかこの時の番組(料理名)をご記憶、もしくはこの料理についてご存知の方がおられませんでしょうか?

 

・・・以下続く。 (2010.3.11)













第六十四回 宴会料理4



 


 当然、招待されたからって、宴会では美味しい料理をただ食べていれば良いのではありません。
 同じものを食しながらの会話も、大事なコミュニケーション手段。

 数年前、浙江料理のお店で昼食に招かれた時のこと。
 高級なお店らしく、お料理の味付けは上品で、野菜を中心としたヘルシーな素材の持ち味を生かした品々が並びました。そして、もちろん美味。

 その時一応通訳係だった私も、プロの通訳ではないので、料理を誉める語彙は(も)乏しい。同じような言葉ばかりを繰り返すハメになり、自分の実力の無さを再認識すると同時に、宴会の時間が大変長いものに感じました。こういうのは辛いですネ・・・。

 何かの話の折に同席の中国人が、出張で東京に滞在した時の話をし始めました。
 乗車したタクシーの運転が、彼女が中国人と知るや、中国料理は脂っこいものが多いねぇ、などと言ったそうです。

 この話を、私は自分たち日本側の出席者に通訳して伝えたところ、一人が大変上手いことを言いました。
 そこで私の少ない語彙を総動員しながら、とっさの機転で中国側に返したのです。

 「ではその運転手は、本当の中国料理を食べたことがないのですね。今私たちが頂いているような中国料理を食したことがあれば、彼もそんな物知らずで失礼な言動は、以後しないで済みますよね」

 それを聞いた招待側の中国人は嬉しそう(に見えた)。

 恥ずかしながらもシドロモドロな中で、何とかその場を切り抜けた思い出話です。

・・・以下続く。 (2009.11.13)



















第六十三回 宴会料理3

 


   
 中国式宴会についてもう少しお話しましょう。

 と言っても、私は中国ではセッティングする立場で殆ど宴席に臨んだことがないので、現地に駐在経験をお持ちの方数名に事情を伺ってみました。

 日本人同様、中国人も実は席次(職位)に大変こだわるので、セッティングの際は、事前の確認が必須、とは複数の方が先ず仰っていました。
 しかし、日頃よく付き合っている気心の知れたゲストであれば、当日ワイワイ言い合い、譲り合い、騒ぎ(?)ながら、席次は自然に決まってくものだ、とも。
 この辺は、中国語で言う「朋友」(友達)という語のニュアンスが重きを成しているなと感じさせられます。

 前項でレストランや宴会に外国人価格というのは、もはや存在しない、と書きましたが「友達価格」というのはあるかもネ、と教えて貰いました。
 そのお店にとって上得意なご贔屓さん(友達)の為ならば、店もお得な宴会を心掛けてくれる。そうすることで双方のメンツも保てる。
 要は日頃の付き合いが大事、ということですね。

 店の手配については、長期駐在者と日本から出張で短期に滞在する者が行うのでは、さばき方が異なります。

 現地で入手出来る日本語情報誌は内容が充実しているので、グルメな日本人駐在者の方が、寧ろ中国人スタッフよりレストラン情報に詳しい、という現象もあり得ます。
 現地の事情に疎ければ、中国人スタッフに相談したり、任せたり。

 メニューにも気を配ります。慎重を期するなら、招待側に確認することも怠りません。

 いずれにしても、コミュニケーションを大事にして、より良い宴を張ることが出来たならば、友誼を深めるにも、ビジネスを成功させるにも最上、と言えるのです。

・・・以下続く。 (2009.9.23)













第六十二回 宴会料理2

 

   
 
 「2」としている以上、「1」がある筈ですが、お忘れの方、ご興味がおありの方は、どこに収録されているか、どうか探してみて下さい。

 美味しいものを沢山、の中国的おもてなしの原則は今も昔も、場所が自宅だろうとレストランだろうと、変りません。

 もし料理を食べ残しても、中国のレストランならば持ち帰る為の容器が用意されています。
 「請打包」(包んで下さい)と頼めば、ウエイトレスが手際よく手提げの袋にまで入れてくれます。
 「打包(ダーバオ)」した料理は、持ち帰ったり、場合によってはお土産にもします。

 けれども、美味しい料理は、作りたて、温かい内に食べるのが一番。
 もし自分が持って帰らないならば、その場でお腹いっぱい食べないと、少し損した気分(?)にもなるかも知れませんね。

 昔の中国は、外国人用価格というのが存在していたようです。
 私も以前、公用で訪中する前に、先輩から答宴の席を設ける際には中国側に相談するように、とアドバイスをされました。
 費用はこちら持ちと云え、客人となる中国人に宴会のセッティングを頼むのも変な感じですが、とにかくそうしました。
 言葉の問題もあるのだから、とも言えそうですが実際、費用面だけでなく、美味しいお店を知っている彼らに任せた方が、当時としては結果的に有効だったのです。
 現在ではもちろん、外国人用価格というのは過去の遺物です。

 ところで、日本で中国人を中国料理のお店へ招待する時、気になることがあります。

 日本の中国料理店は、高級店であればあるほど、給仕が先に人数分の皿に全ての料理をサーブしてしまう傾向にあります。これはイケマセン。
 最初にキッチリ人数分だけを大皿に盛った料理を客に見せ、それを客の前で全て取り分けた後、空になった大皿は大概が厨房に消えて行きます。
 果たして大きな円卓には、ちんまりと盛り付けられた小皿だけが淋しく残されるという有様。高級感を出そうとしても、場合によっては逆効果じゃないかなぁ、と思うのですが、どうでしょうか・・・。

 予め各々の食器でおかずを出すという、日本料理の文化が反映しているのか、ロシア式と云うのでしょうか、一品一品をその都度給仕によってサーブするのが最上、としている考え方からなのか。

 しかし、恐らくは中国の客人も同じ思いではないかと推察しますが、いくらそれぞれの料理が美味しくても、値段が高くても、やっぱり中国料理の宴会は、皿に皿を重ねるようでなければ、サマにならないですね。


・・・以下続く。 (2009.8.25)











第六十一回 おもてなし

 

 
 中国人と日本人の違いの一つとして感じることに、もてなしの上手さというのがあります。

 もちろん家庭環境や個人差にもよりますが、多くの日本人は家が狭いからと、なかなか人を自宅に招待することがありません。
 一旦家に客人を上げるとなると、奥様方は張り切って取っておきの食器を出したり、普段作らないような料理にチャレンジしたり、上等な店屋物を注文したり。これがよくあるパターンではないでしょうか。
 滅多にやらないのだから、とツイ頑張ってしまう。これは私自身も同じことをしでかしそうです。

 一方中国人は、食器や食材の珍しさに構うよりは、美味しいものを沢山、それも食べ切れないほどご馳走することに重きをおいているようです。

 中国でも、余程の成功者でなければ、都会の住宅事情は日本と似たようなものかと思います。
 昔は外国人との接触に神経質だったという社会意的背景があったかも知れませんが、今はそういうことはありません。
 なかなか人を自宅に招待しないのも、日本とそう変らない住宅事情によるだろうというのが、個人的な印象です。又、そうした気兼ねが不要な間柄になったならば、中国人との付き合いがより深まっている証拠だと言えるでしょう。

 もし機会あって彼らのお宅に伺うことがあれば、決して設備万全でない狭い台所からでも、次々と品数豊富、且つ大量の料理が次々に作り出されて食卓に運ばれて来るでしょう。

 学生時代、先生(日本人)に自分が留学中、中国の家庭へ食事に招かれた話をしましたら、どんな料理が出たのか聞かれました。

 その内容を聞いた先生は、給料の大半を料理に遣ったのではないか、と仰ったので、何も知らなかった私は大変驚いたものです。
 そんなにお金を遣って、大丈夫だったのかしら。
 他人様の家に招き、招かれ慣れていない家庭に育った私としては、申し訳無かった、と狼狽しきり。

 しかし先生の意図は、どんな料理が出たのかをお聞きになりたかっただけで、それが彼らのやり方だから、ということと、残った料理は、その後何日間かかけてでも食べるから、といった言葉が続きました。
 そんな事からも、私は又一つ、中国人の考え方や習慣を学んだことになります。

 元々大抵の中国料理は、大皿に供して取り皿に分けたり、各自が箸をつける方式なので、例え急にお客が増えても対処が可能な食卓なのです。

 平素の食事スタイルが、既に来客に備えているようなことからして、中国人のもてなし力の差が伺えます。



・・・以下続く。 (2009.7.2)



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